GARDEN CITY LIFE~annex~

お越しいただきありがとうございます。当ブログは清水玲子先生の『秘密』のレビュー(時にネタバレ)と二次創作(こちらは一部BL要素含)のざっくり二部構成になっております。記事は単純に日付順に表示されておりますので、お読み頂く際はサイドバーや記事一覧などでカテゴリーをご確認またはセレクト頂けますと安心、安全です<(_ _*)>

さまようふたり③ 

医務室です(ってそれだけでいいというところがなんだかな…他に言いようはないのか(-。-;)。
イメージを壊したくない!!という方は読まれない方が賢明です。きっとここは大切なシーンですもんね…(>_<)






さまようふたり③

2062年4月 中旬



青木が無事帰還した、との知らせを受けて、僕はその場の全てを放棄し、足早に医務室へと向かっていた。薪さん、と僕を呼ぶ声が背後に響いたが、立ち止まるつもりはなかった。その時、驚くほど真っ白でクリアだった頭とは裏腹に、僕の心はぐちゃぐちゃだった。無事でよかった、と安堵する、事件の一応の解決を喜ぶ気持ちはまだ現実味を持たず、それよりも正式な報告を耳にしていながら、もしかするとまた失うのではないか、もうあいつは帰らないのではないか、という不安から抜け出せずにいた。それはまるで、鈴木を失ってからのあの、出口の見えない拠り所のない日々の続きのようで、自分の中で自分を糾弾する声が依然鳴り響いて止まない。
早く。
早く――
この目で、この手で、本当に生きているのか、死んでしまったのか、遠ざかる前に確かめたい。そうでないとまた、己を呑み込む闇の中に沈んで、浮上できなくなる気がして怖かった。もがきながら手が届かなくなるのがみっともないほどに怖かった。
あの時もそうだった。嫌だ、待ってくれといくら叫んでも、触れることももう一度その姿を目に刻むことも許されないまま、永遠に喪った。それがたとえ自分のせいだとしても、それでもせめて最後まで寄り添っていたかったのに。

駆け寄るように辿り着いた扉を、僕は勢いよく開け放ち戸口に立ち尽くした。おかしなことにベッドに身を起こし驚いた様子でこちらを向いた青木の顔を見ても、早鐘を打つ心臓は一向に落ち着いてはくれなかった。ようやく生きている姿を確認できたというのに、一歩中に踏み込んだだけで僕の視界は不安定に歪み足元がぐらついた。覚束ない足取りで、それでももっと近くで確かめたくて、僕は青木のもとに向かった。
「薪さん…?」
血の気が引き言葉すら出せないでいる僕の姿を見て、青木はハッとした様子で包帯が巻かれた自分の手を持ち上げた。僕がその怪我に驚いたと思ったのだろう。
「ああコレーーさっき治療してもらって」
慌ててそれは自分の不注意によるもので救出時に負ったものではないと弁明する。手を負傷してまでかばったメガネは割れ、そのため今はメガネをかけていないのだ、と説明する青木の言葉は、僕の耳をすり抜けて行った。そんなことはどうでもいい。怪我をしても、それでも、約束通りに。
(良かった)
生きていた。戻ってきた。大丈夫だった。それらのここにくるまでの間繰り返し胸の中で自分に言い聞かせてきた言葉が、やっと信じるに足るものになって胸の中に落ちて行くのを感じた。
(良かった)
悪夢は悪夢でしかなく、こちらが現実なのだと。僕を安心させようと、必死で話す青木の声がぐっと近くなる。今手を伸ばせばまだ間に合う。
手を伸ばせばきっと…。
「だから今、ちょっとよく見え…」
身体が勝手に動くのを、僕の理性は追いつけないまま許していた。ふわりと浮いた手は迷わず青木の肩に伸び、僕は力尽きたようにがっしりとしたそこに追い縋るように顔を埋めた。
青木の肩をしっかりと掴んだ手を、そのまま彼の背中に回し、躊躇うことなく引き寄せる。それは鈴木や天地のように何も語らなくなった死者の体ではなく、間違いなくぬくもりのある、柔らかい感触のある体だった。青木の胸に押し当てた額から、微かに伝わるのは生きている証の音。何よりもあの時絶やしたくなかった、何を犠牲にしても繋ぎたかった音だ。青木の胸に縋っていると、あの時途切れてしまったその音が僕の元に戻ってきたような気がして、身勝手にも僕は、このまま放したくないと願ってしまう。ずっとこの音の傍で、生きることを許して欲しかった――今度こそ。
(青木……、青木)
この音を止めるな。おまえだけは、僕の生きるこの世界から消えては駄目だ。おまえのいない世界で、きっと僕は一秒も息ができない。生きられる自信がない。擦り減った僕の心は、もうこれ以上の喪失には耐えられないだろう。だからどうか、ほんのひと呼吸だけでも、僕よりも長く生きろ。
そんな願いを込めて目を閉じた僕の背中に、青木の大きな手がそっと触れた…黙ったまま。この手の主を傷つけてはいけない。失うことがあってはいけない。そう思うと、手の震えを抑えることができない。
初めて会った時、似ていると思った。けれど青木は違う。口にする言葉も、僕を見る目も、僕に触れる手も、全てが。彼は鈴木の人生の続きを生きる者ではない。僕さえ影を落とさなければ、彼の進む人生は光に照らされ、鈴木のように途中で暗闇に呑まれることはないだろう。僕が今のように愚かにも彼に寄り縋り、その道を狂わせることさえしなければ。
そんな想いは、やがて僕の中でひとつの誓いへと繋がっていく。青木を、僕のために生きる者にしてはいけない。鈴木のように途中でその命を奪いたくないのなら、第九という仕事以外で、僕はその心に踏み込んではいけない。彼の中のたとえ一部でも占めてはいけない。僕のものにしてはいけない――絶対に。

これを限りにもう、縋っては……

青木と共に生きたい。けれど近づいてはいけない。手を伸ばさず、求めず。
(傍で生きてはいけない)
僕の心がいくら求めても、青木の人生に僕は無用でなければいけないのだ。青木だけではない、もう、他の誰にも……。
そう思うと、すぅ、と熱を持った心は温度を失い、同時に再び研ぎ澄まされていくのがわかった。己の歩む道を見誤るな。僕がすべきことは、誰かと共に生きることではない。目を固く閉じ、そう自分にきつく言い聞かせる。
ピピピピ、と携帯が鳴り、張り詰めた静寂を破った。僕は顔を伏せたまま静かに握りしめていた青木のシャツを離し、代わりに携帯を掴んで立ち上がった。
「……薪さん!」
青木が僕の名を呼んだが、もうそちらに気持ちを向けるつもりはなかった。おそらくもうすぐ、連絡を受けて三好雪子がここに来るだろう。できれば顔を合わせたくない。
「あの、今の…よくない報せですか?大丈夫ですか?」
最後の問いかけはおそらく、まだ終わってなどいない事件続きを案じてのものだったのだろう。けれどその声に、気が引き締まる。いつもの僕らしく気持ちの向かう先を正しい方に定めるひと呼吸を置き、大丈夫だ、と短く返した。
「お前はもう養生していろ」
背中を向け足早に部屋を出ようとする僕を、ちょっと待ってください、と青木の声が引き留めようとする。背後から伸びた青木の手から逃れるように戸口に急ぐ僕の前に、その時すっと長身の影が滑り込んできた。それは当然で予想していたことだというのに、僕の心は彼女の姿にたちまち冷え固まった。青木の傍にいられない自分を思い知らされる。僕の彼女への感情は、いつも自分に由来することがなかった。その感情の正体を知っていながら目を背ける自分を、こんな時でさえ抑え込んだはずの激しい感情に火をつけそうになる彼女を恨めしく思う。
「大丈夫なの…?青木君あなた…どこも…」
雪子さんはまず青木を、次いで立ち止まったままの僕を見て顔を強張らせた。その目はまるで恐ろしい魔物でも見るようで、僕の名を呼びかけて声を呑み込んだ彼女が続けたかっただろう台詞を容易に想像させた。
つよしくん、今度は彼なの。
彼をまた、巻き込むの。連れて行くつもりなの。
(そう、僕が危険を承知で送り込んだ)
死ぬかもしれなかったのに。
もしかすると死に引き寄せられ戻れなくなるかもしれない可能性を考えないわけではなかったのに、別の手段を講じていればそうはならなかったかもしれないのに、判断を誤り鈴木を守りきれなかったあの夏のように。
僕はいつも、彼女に言わせない。卑怯に先回りして、口を封じさせ続ける。叫びたいのは彼女も同じだろうに、共に傷ついて同じ涙を流すことがどうしてもできない。
そこにしか終わりはないのだと薄々感じながら、僕たちはずっとそれを避け続けていた。
一歩下がり深々と頭を下げる僕を黙ったまま見下ろし、立ち尽くしたままの彼女の脇を通り過ぎると、僕は振り返ることなくエレベーターへまっすぐに向かった。まだ事件は続いている。このままこの気持ちにとらわれている時間はなかった。これでいいのだ。互いに立ち入らず、道を分かつには、これで。

今、青木のそばにいるべきは彼女だ。そして、青木が求めているのも……。



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Comment

Name - eriemama  

Title - Re: ああ……

> 薪さん、痛々しい。
> ぐすん・゜゜・(/□\*)・゜゜・

エヘ( ^ω^ )書いてる方はドラマのいびり役にでもなったみたいにノリノリなんですが
この辺りは最初読んだ時めちゃ苦しかったの覚えてます…
2015.10.23 Fri 14:08
Edit | Reply |  

Name - ねこじゃらしにゃんたろー  

Title - ああ……

薪さん、痛々しい。
ぐすん・゜゜・(/□\*)・゜゜・
2015.10.23 Fri 12:29
Edit | Reply |  

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