GARDEN CITY LIFE~annex~

お越しいただきありがとうございます。当ブログは清水玲子先生の『秘密』のレビュー(時にネタバレ)と二次創作(こちらは一部BL要素含)のざっくり二部構成になっております。記事は単純に日付順に表示されておりますので、お読み頂く際はサイドバーや記事一覧などでカテゴリーをご確認またはセレクト頂けますと安心、安全です<(_ _*)>

薪にゃんと一緒(目指せ!日本一!編) 

もうすぐメロディなのですが、さまよってる暗〜い二人に耐えられず書いてしまった副産物です。長いですが、連載を待つ間の暇つぶしにでも消化していただけますと幸いです。
ぐでたまってても余裕で読めそうな、ものすごくどーでもいい系の薪にゃんです。超軽量仕様になっておりますので、くれぐれも息は吹きかけないでください(。-_-。)飛びます。

※注 うちの薪にゃんは生霊という設定の架空の生き物です。SS中の登場人物は原作の各登場人物とは一切関係ございません。







薪にゃんと一緒(目指せ!日本一!編)


自室のドアが異次元への扉のような気もし出している今日この頃…俺は風呂上がりの濡れた頭を拭きながら、大きく息を吸って吐くと同時にぐいっとその扉を一気に押し開けた。
ほら。
ほらほらいるし!
…何となく今日はいる、いないがわかるようになりつつある自分に進化を感じる…いいんだろうか?俺。
言っておくがゴキではない。…言ってしまった。
「薪さん…?」
いつもの定位置となりつつあるベッドと壁との隙間スペースにちまっとおさまり、待ちくたびれ感を露骨に出した猫耳薪さんは俺の枕を引き寄せてそこに頬杖をついていた。その大きくきらっと輝く目だけが動いて戸口に立ったままの俺を一瞥する。機嫌が悪いのは一目瞭然だ。
「……男の長風呂は最低だ」
「いや、俺は短い方ですって!30分以内には出てるじゃないですか!」
後ろ手にドアを閉めながら抗議すると、薪さんはパシッとしなやかに動く尻尾を床に打ち付けた。…気のせいだと思うけれど、その音が「シャラップ!」と聞こえる進化形自分が怖い。
「5分だ」
「……はい?」
聞き間違えただろうか。今確か五分って…。
「5分で足りるだろう?」
いや、ありえませんって。カップ麺じゃないんですから!
「そんなの無理に決まってるでしょ!?いつもそんな行水ですませてるんですか?薪さんだってもっとかかってますよね?5分なんて曽我さんだってもうちょっと入ってますよ!?」
「おまえ、曽我をなんだと…」
途端に裏切り者でも見るような目で見るのやめてください!あやですあや!言葉のあや!
「そんなこと言って薪さんだってバカ坊主呼ばわりしたじゃないですかいつだったか」
「あれは自業自得だ」
そう言ってひとつ咳払いをすると、薪さんはよいしょ、と年相応な掛け声とともにのそのそと立ち上がった。
……あれ?
一瞬、この間のリベンジか?と思ってしまったのは薪さんがワイシャツを着ていたからでーーでも、よく見るまでもなくそれは彼シャツなどではなく普通のお仕事スタイル、しかもネクタイつきだ。もちろん下だってはいている。…っていうか、そのズボンで尻尾ってどこから…イリュージョン?
「あの…どうしたんですか?まさか出張ですか?」
霊体出張なんて斬新な。
ベッドに腰を下ろしてそう言うと、パコン、と何やら弾力のあるもので頭をはたかれた。
「イタッ!」
「…どうだ」
「え?参りました?」
反射的に応じたが、振り向けば薪さんは手元に視線を落とし、難しそうな顔をして首を傾げていた。見たところ、降参を求めていた様子ではない。
「あの…どうだって何が?何のことでしょう?」
言いながら俺は、薪さんが手にしたものを覗き込む。それは俺たちにはあまり馴染みのない、女性向けのファッション誌のようだった。
「どうしたんですかこんなの」
「波多野に借りた」
「…はあ」
なるほど、仲良しなんですね。…って、なんでまた女性誌を?いや、その前に今さっきあなたこれで俺の頭はたいたんですか?
「ちなみにさっきはいつも通り仕事モードの僕を表現してみたんだがイヤな感じだったか?」
「はい…あ、いや、別に。ほら俺、慣れてますから特段には何も」
「そうか。でも好ましくも思わないだろう?」
…どの辺がでしょう。
「全体を通して、だ」
それを言うとそもそも猫耳どうよって話になりますが…。
「うーんそうですねぇ。まぁ、好きずきじゃないですか?さっきも言いましたけど、俺は慣れてますし。ある程度馴染んじゃうと、今みたいなのもクセになるっていうか」
「人を珍味みたいに言うな」
ぷう、と頬を膨らませると、薪さんは腹立たしげに俺から少し離れたところに腰を下ろした。ベッドがほんの少し揺れる。生霊なのにこうして質量がしっかりあるのが面白いなと思う。
「面白くない!」
え?
「いや、なんでもない。とにかく第九のイメージアップの先陣に立つためにも僕はこれを目指そうと思う」
そう言って薪さんはベッドの上にその雑誌を広げると、人差し指でページの上部に大きく書かれた見出しをトントンと指で弾いてみせた。そこに見えた文字に、思わずぶっと吹きそうになるのを、俺は首に下げたタオルをとっさに口に当てて防いだ。
(…そういうことか)
理想の上司トップテン、というよく耳にするものの現実味のないそれに失笑がこみ上げ、俺はそのページと薪さんを交互に見比べてもはや泣きそうだった。
だめだ、我慢できない…。よりによって薪さんが…。
「笑うな!」
下を向いて肩を揺すっていると、声は押し殺していたのにすぐにばれてしまったらしい。不機嫌極まりない薪さんの声が飛んできて、俺はすみません、と涙をぬぐいながら頭を下げた。
おまえに話した僕がバカだった、とブツブツ呟きながら、薪さんはパラパラとページを繰っている。横目で見れば、特集は数ページにわたっていて所々にラインマーカーで印がしてあった。更に笑えるが、さすがにそんなことをしたら明日には辞令が出ているかもしれない。
「まさかそれ、波多野さんがラインを?」
「いや?引いたのは僕だ」
ってそれ、借り物ですよね?まさか部下のものは僕のもの、僕のものも僕のもの、なジャイアン的発想では…?理想の上司はどこいったんですか?
「バカだなおまえは。こうすれば消えるんだぞ」
そう言うとおもむろに、薪さんは胸ポケットから取り出したラインマーカーのキャップの先端部分で雑誌に引かれたラインを軽くなぞるように擦った。その部分だけが元どおりに復元される。…なるほど、摩擦熱で消えるタイプですね。それならまぁ…。
「なんか意外ですね。薪さんがラインマーカーとか。ボールペンとシャープペン以外はイメージじゃないっていうか」
こういう女子が好きそうなアイデア系の文具とは無縁そうに見える。むしろ万年筆なんかが似合いそうだ。…偏見だけど。
「ああ、これは波多野にもらったんだ。使ってみると便利なもんだな」
ええっと…………波多野さん?
改めて印がついた箇所を見れば、男女別著名人の理想の上司ランキングにはじまり上司に言われてグッときたセリフ、はたまたキュンとしたセリフなるものや、理想の上司になるための心がけ、などまで記事の内容は多岐に渡っていて、ビジネス誌の特集に比べれば内容的にはずっと軽めではあったがこれはこれで面白い。
ちらりと視線を薪さんに戻せば、腕組みをして難しそうな顔で紙面を睨んでいた。どんな知識でもすぐに吸収して自分のものにしてしまうこの人にしては珍しい反応が可愛く健気に思えて、俺はよし、と心を決めた。
できるだけ協力しよう。それが俺の役割だ。
昨今は薪さんをはじめとする上層部の努力の甲斐あってずいぶんオープンになり、閉鎖的で秘密主義、ダークなイメージに塗り固められていた第九も、実は広告塔にされている節もある目の前のこの人の華やかで麗しい外見と同じようにとはいかないが、少しずつ市民寄り、弱者の味方的なイメージに変わりつつあった。労働環境も改善がはかられ、捜査官を目指す人材も増えつつあるという。以前は第九に配属というとエリートの島流しとも陰口されたものだが、変わったものだ。無論、第九を目指すものの中にはそのトップたる薪さんに憧れを抱く者は多い。
で、その、たくさんの憧憬と羨望を集める人が今、猫耳に尻尾をつけ目の前にいるわけだが……。
(それについてはまた今度考えよう……)
でないととんでもない深みにはまってしまいそうで怖い。
「あの、これ一応読まれたんですよね?」
「あぁ」
目線を上げて俺の方を見ると、薪さんはこくんと素直に頷いた。
「読んだ。知識としては覚えた。ただ、実践となると話は別だ。まあおいおいだな」
「実践するんですか?」
俺が驚いて声を上げると、当たり前だ、目指すと言ったろう?と薪さんは眉をひそめた。
「とりあえず明日から、まずは手近なところで岡部あたりに試していくか」
「ええ!?岡部さんに!?」
そんな面白いもの…もとい貴重なもの見られるなんてなんておいしーーいや、羨ましい。
「いきなりオフィスで披露していいんですか?他の職員の人たちの目だってあるんですよ?ふざけて遊んでると思われーーいや、薪さんはご存じないでしょうけれど、慣れないことをぶっつけでするとあなたかなり大根っていうか、変な人なんですよ?」
客観的に見て、所長は疲労のあまりおかしくなったと思われる方に100万賭けてもいい。
「前から思っていたがおまえ臆面がなくなるとずいぶん失敬だぞ」
「いつまでも臆面に構っていたらあなたにとって不利益だと判断したからです」
「なるほど」
怒られると思ったが、今日の薪さんは素直だ。これも理想の上司への道、の賜物なのだろうか。理想万歳だ。
「とりあえず、俺で練習してみませんか?例えばそうだなぁ…俺が仕事で面倒な失敗をしたとして、それをフォローする理想の上司、とかどうです?」
思いつきで提案してみたが、薪さんはなんだそのありそうな設定は、と呆れ顔で引きつった笑いを浮かべた。
「リアルすぎて難しいな」
「じゃあいつもの薪さんならどうしますか?」
「そりゃあ勿論馬鹿!ってまず一喝だろうな」
そうですね、あとはネチネチと厭味と説教、立ち上がれないほど項垂れたところでありえないほど短いタイムリミットのプレゼント、ですよね?
「……そうかな?」
「そうですよ。だから要はそれと真逆でいいんです」
「ちょっと待て!それじゃまるで僕が最悪な上司みたいじゃないか」
「理想の上司を目指したくなる人は往往にして自覚なく真逆なんじゃないですかね」
「……おまえにしては深いじゃないか」
いやそれほどでも……って薪さん手が震えてます!それにそれは何ですかその手のものは!またも借り物の雑誌をくるくると神がかった早さで丸めこちらに向かって振り上げる薪さんをすんでのところで取り押さえ、俺はドードー、と馬を宥めるように背中をさすりつつ、取り上げた雑誌を開いてさっきまで斜め読みしていたページを探した。
「あ!ほらこれ、これなんてどうですか?波多野さんとか、女性の部下なんかにはこれくらいがウケると思いますよ?」
「ほう?」
薪さんは大人しく背中を撫でられながら、俺が示したイラスト付きのシチュエーションを覗き込む。ピンと立っていた猫耳もぺたんと垂れ下がり、ヒステリーはおさまったようだ。…危なかったけど命拾いをした。
これならイラストが付いている分イメージもしやすく、すぐに練習できそうな気がした。
「……なるほど。わかった、これをおまえ相手にすればいいのか?」
「そうですね。じゃあ俺は落ち込みますので、できるだけ優しく全力でお願いしますね」
「そう言われるとプレッシャーだな…」
薪さんは肩を落として項垂れてみせる俺の横でスーハーと何度か深呼吸し、おもむろにポン、とイラスト通り俺の方に手を置いた。…厳密に言うと猫手だからイラスト通りではないが。
「そう落ち込むな」
あまり期待はしていなかったが、予想以上に滑らかでやわらかい声音に、俺は伏せていた顔を上げて振り返る。そこには演技とはいえ菩薩のように優しげな目で微笑む薪さんがいて、俺は練習であることを忘れしばしの間ポカンとその顔に見入ってしまった。
「おまえが完璧だと、僕の仕事がなくなっちゃうダロ♡」
完璧主義な薪さんはご丁寧に最後のハートマークまで忠実に再現すると、極上の微笑みはそのまま、軽くウインクをしてみせる。…リアルに再現すると気持ち悪さが際立つが、それでもああ幸せ!と胸キュンになるのはその辺の俳優顔負けの、薪さんの天性の美貌故だろう。猫耳付きのスマイルなのに、コメディにならないところがさすがだ。
「ど、どうだ?」
演技が終わると、気恥ずかしそうに頬をさすさすと猫手で撫でながら薪さんは小首を傾げて俺の方をうかがった。
やばいくらい可愛かったです!!っていうか恥じらってる今のリアクションも最高です!!
「いいんじゃないですか?」
内心の興奮は全力で抑え込み、荒くなりそうな鼻息も頑張って吸い込んで、つとめて冷静な口調でそう応じた。
「そうか?僕はなんだか自分で鳥肌が…それにちょっと口から砂でも吐きそうな気分だ」
「ハハハ、かぼちゃの次は貝ですか?」
「……あおき」
触れられたくないらしい黒歴史を持ち出され、薪さんは再び剣呑な目で俺を睨みつける。すみません口が滑りました。でも、イラストを見せた時点で絶対に乗ってこないだろうと思った薪さんが乗ってきたのは、ひょっとするとまだしつこくマンネリを心配しているのかもしれない。俺が薪さんに飽きることなんて、逆のパターンはあっても一生ありえないっていうのに。
「そうだ薪さん」
俺はふとある計画を思いつく。もっと手っ取り早く薪さんを理想の上司に仕立て上げる方法があるじゃないか。もしかすると俺限定の、がつくかもしれないけれど、乗っている薪さんをこのままにしていてはもったいない。
「部下目線でいいの思いつきましたよ?リアルに理想です!」
「なんだ?一応聞いてやるから言ってみろ」
「ほらほらそこは、へぇどんなだ?聞かせてもらっていいかな、ですよ」
「聞かせてもらっていいかな?♡」
いや、もうハートとかはいいんですけどね。
「じゃあまず用意をしてきますから、薪さんはとりあえずその間にネクタイとって、シャツは外に出して首元はボタン外してできるだけアンニュイな雰囲気作っといてください」
「アンニュイ……?」
「はい!わかりますよね意味」
「いやまぁ、わかるけど…」
狐にでもつままれた様子で戸惑っている薪さんにちょっと待っててくださいね、と言い置いて、俺はキッチンに向かった。カウンターに伏せてあったグラスと、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して急いで引き返す。部屋に戻ると、言われた通りネクタイを緩めて何故か肩をほぐしている最中の薪さんが待っていた。
「何してるんですか?」
「いや、だって肩の力は抜けてるほうがいいだろ」
…あぁなるほど。
「お前こそなんだそれ?用意っていうから待ってたのに喉でも乾いたのか?」
「違いますよ」
俺は笑いながら透明なグラスに水を注ぎ入れ、少しだけ飲んだところでそれを傍のサイドテーブルに置いた。その間に、薪さんはシャツをズボンの外に出し、着崩した感じに微調整している。いい感じだ。
「できるだけだらしなくお願いしますね。寝汚い感じで」
「寝汚い上司が理想なのかおまえは」
呆れ返った風情で手を止め、薪さんは俺を見下ろす。お!いい感じかもしれない、この角度とこの馬鹿にした感じの冷ややかな目線。
「まぁ細かいことは気にしないでください、あくまでもイメージなんで」
「…なんか騙されてる気がするんだが」
「被害妄想です」
俺はもう一口だけ水を口に含むと、じゃあ、とグラスを持ったまま姿勢を正した。
「そこからさっきみたいに偉そうに、それ、って言ってこの水を指してください」
「……水?」
「ハイ。で、俺が今新しいのを…、って言ったらふんだくってグビッ、と一気飲みでお願いします」
「…………なぁ、これなんのプレイなんだ?」
「プレイじゃありません、練習です!理想に近づきたいんでしょう?」
俺がそう言うと、薪さんは渋々という感じで溜息をついた。しばし難しそうに考え込み、一度眼を閉じてからいつもの雰囲気をまとった薪さんはいつもの目つきで俺を見下ろすと、ソレ、とぞんざいな口調で言い捨てた。
「あ、今新しいのを…」
「それでいい」
薪さんは俺の手からグラスを奪い取り、腰に手を当てていい感じにグビグビと飲み干した。拍手を送りたいくらい完璧だ。俺は小さな感動を憶えたが、薪さんは憮然として空になったグラスを突き返してきた。
「さっぱり意味がわからん」
「いや、いいですよいい!テンション上がります!ついでにモチベーションも!」
「ついでじゃ困るだろ!そっちがメインだろうが!しかもすごく限定的に理想なんじゃないのか?」
「まぁまぁまぁ。じゃ、次いきましょう」
「……まだあるのか」
薪さんはがっくりと肩を落とし、半ば諦めた様子で次どーぞ、と反対に意気揚々と盛り上がる俺を促した。
「次は小道具なしなんで簡単ですよ?ただ俺の肩に手を置いてひとこと言うだけでいいんですから」
「それで僕はなんて言えば…?」
「エライ!よくやった!です」
「いいけど、なんでお前がそれを知ってるのかな…」
「あ、まるで子供のような全開の笑顔でお願いしますね!」
「……さっさと済ませよう…」


そんな馬鹿に興じながら、秋の夜は更けていく。
でも本当はこんなことをしなくても、今も昔も変わらずにこの人は俺の目指す揺るぎない理想の上司ーーいや、理想の人だってことは、やっぱり伝えておかないといけないんだろうな。
いつだって堂々として頭が良くて大胆で、逆境も好機に変えてしまう表の顔の裏に、臆病で脆くて迷いだらけの顔が隠れている。それをこうして見せてくれるこの人が好きだ。
「薪さん」
部屋の真ん中に胡座をかいて座り込み、疲れた顔で例の雑誌に目を落としている薪さんに声をかけると、俺はその隣によいしょと腰を下ろした。
その瞬間、隙だらけで緩んでいた薪さんを囲む空気がわずかだが張り詰めるのを感じて、俺は一向に顔を上げずに不機嫌に押し黙っている横顔を、苦笑しながらじっと見つめた。そんなに緊張されるとこっちは困ってしまう。そして、もうどうせその目は文字なんて追ってないくせに、頑固に顔を上げない様がちょっとおかしくて可愛いと思う。ひと回りも上の上司に思うことでもないよなぁと思うのだけど、いつも。
「こんなことしなくたって、あなたは充分過ぎるくらい立派な上司だと思いますよ」
これまでの応酬で説得力が薄れてしまうのは否めないけれど、それは素直な俺の気持ちだった。
「あなたがいない第九だったなら、今のようにたくさんの人が目指すような組織にはなってないです」
あの壮絶な日々の後、もうこの人は戻ってこないのではないかと不安だった。また一緒に仕事ができるなんて、そんな日は果してくるのだかどうだか、と。でも、戻ってきてくれた。また自分たちの先頭に立ってくれたこの人の姿を、俺がどんな思いで見つめていたのか、きっとこの人は知らないだろう。おそらく同じような思いでその帰還を迎えた岡部さんをはじめかつて共に薪さんを囲んだ先輩たちも、そしてその後は今の薪さんをすぐ下で支えている波多野さんたちだってきっと、その姿に俺と同じような眩しいものを見ているはずだ。いつも目指すべき姿はこの人が体現してくれる。俺はもうずっと、それを追い続けているのだ。
「だからもっと自信持って、今のまま意地悪で我儘でいてくれればいいんです」
「なんだそれは!いいわけないだろ、そんな…」
手を伸ばして雑誌を取り上げた俺を、薪さんは困惑気味に見つめ返した。不安になるのはきっと、この人には俺たちのように眩しい思いで追い続け、憧れるような存在が、自分の前には存在しないからなんだろうと思う。それは高みに立ってしまった人間だけが抱え共有できる孤独なのかもしれなかった。
「薪さんを超えるような、あなたが目指したくなるような人がいればいいんですけどね。こんな本の中の架空の理想像なんかじゃなくて」
生身の。
鈴木さんみたいな。
そこでまたちょっと卑屈になってしまいそうな俺の気持ちを察してか、薪さんは俯いてしまった俺の傍に本当に猫のような体勢で四つ這いになって寄ってくると、青木、とまるでさっきのコントのような優しい声で呼びかけてくれた。ただそれだけのことが嬉しくて、少しだけ笑顔で顔を上げた俺に、薪さんは少し下から短く触れあうようなキスをくれる。
「……相変わらずおまえは肝心なところがわかってないな」
「?え?」
「僕がいつも誰を見てると思ってるんだ」
え?

……薪さんの言葉はいつも謎かけのように回りくどく難解で、裏の裏を読まなきゃいけないことも多いけれど、なんか。
今なんか、すごく嬉しいことを言われたような。
「薪さーー」
ジワっと感動の波が押し寄せて、俺はこちらを微笑みながら覗き込む大きな瞳の主をもっと近くに抱き寄せてぎゅっと思い切り抱きしめたい衝動に駆られ、ついと手を伸ばした。
でも。
ちょっと!
「よし!」
何故かそれを読んだかのようなタイミングですっくと立ち上がった薪さんは、おもむろに外していたボタンを締め直し、解いていたネクタイをモフモフハンドで器用に結び直した。
なんだなんだ?何がはじまるんですか?
「え?なんです?まだ朝じゃないですよ?」
「ああ。悪いがあと3時間ほどしたら起きて出なきゃいけないんだ。出張でアメリカにーーええっと帰国は多分1週間後くらいだから。さすがに時差を飛び越えてまでここに来る気にはなれないから続きはそれまで待っててくれ。今日はもう帰って休まないと」
「ええっ!?」
ちょっ…!なんでそれをもっと早く言わないんですか!!
変なコントに無駄に時間使っちゃったじゃないですか!!
前触れもなく天国から地獄に突き落とされがっくりと肩を落とす俺にはもう構わず、薪さんは「じゃあ」と楽しげに言って片手を胸の前に上げて見せた。まさかここでお見送りすることになるとは…。
「何してる」
「項垂れてるんですよ」
見ればわかるでしょ。なんでそんな意地悪…いや、そりゃ確かに言いましたけど、意地悪で我儘でいいって言いましたけどね…。
「僕が帰るところは見せられないって言っただろ。さっさと外に出て10数えろ」
そんな悲しいカウントダウンはしたくないです。って言うかいい加減見たっていいじゃないですか。薪さんと俺の仲じゃないですか。
「ダメだ。業務命令だと思え」
うう。
「絶対に覗くなよ?いいな」
鶴の恩返しを思わせるような台詞で釘をさして俺を外に出すと、薪さんはひとかけらの未練も見せずパタンとドアを閉めてしまった。自分の部屋から追い出された俺はドアにもたれて座り込み、声に出さずに胸の内で10を数えながら1週間後のスケジュールを思い出す。確か1週間後は今度は俺が出張ではなかったか…。あの人、きっとわかって楽しんでたんだろうな、俺が更に落ち込む姿を想像して…。
そうだ、キッチンに行ってカレンダーを確認しよう。それから水を飲んで、体温を下げて気持ちを鎮めたら舞の顔を覗きに行ってからさっさと寝よう。
そんなことを考えていたら、いつの間にかカウントダウンは途中でフェードアウトしていた。もうとっくに10なんて過ぎただろうから、ここに薪さんはいない。
だけど。
さっき交わしたばかりのキスの感触を思い出し、あの人がくれた言葉を胸に反芻すると、淋しさは少しも湧いてこない。それどころか…。
(1週間、頑張りますね)
また会えるから。俺が想うように、あの人も想ってくれるから。そんな風に信じられる明日が来る毎日は、俺にとっては何があろうと幸せだ。
そしてあの人にとっても…。

どうかどうか、同じでありますように。

冷たい廊下に座り込んだまま、俺は目を閉じて天井を仰いだ。優しく胸を満たす薪さんの名残りが、いつまでも消えないことを祈りながら…。
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Comment

Name - eriemama  

Title - Re: すいません、話題かぶっちゃって…

ゆけさん!いつも、謝らないで~(笑)かぶってm(_ _)mはだいたい私の方なのに(^_^;)

> 歌いながらあのヅカ階段を上がっていく…みたいなイメージなんですけど…どうだったっけなー…
> そんな大したあれじゃないんですよ…?ただふふって笑えるだけで…

いや、でも想像して楽しいしイメージできたから充分ありがとうございます!です。宝塚って一度しか見たことないけど、薪さんならあの羽だらけの衣装すら似合いそう(笑)

> ふふふっ5話目かと思ったら、笑わされてしまった(笑)。
> 青木~、せこい~(安心してください、ほめてますよ。)

エヘ(^_^;)5話目は瀬戸際って感じで微妙なのです(笑)大学の頃のレポート思い出すわ…( ̄▽ ̄;)

> eriemamaさん、青木が楽しくなってきてますよね??

この青木もすっかり別人なんですが楽しいです(*´∀`)♪てゆーか青木になって薪にゃんおちょくるのがたのし…いえ、何でもございません(゚∀゚;)

> そして、横入りで申し訳ありませんが、「笑わかす」、私言うんですよね…。(←え?)

お!実は友達の旦那さんも言うんですよ、しかもやっぱつっこみの度合いによって使い分けてる節があって(笑)笑わかす、アリなのかな?(笑)わ、がないほうがむしろら抜き言葉的なやつなのかも(^_^;)

> たぶん私の日本語、ぐっちゃんぽんなんですよ

アハハヾ(@゜▽゜@)ノぐっちゃんぽん?(^w^)面白い表現だ!ナイスです~(笑)
よーし、今日はメロディでぐっちゃんぽんになるぞ~!←合ってます?

> (と、ところで、関西の発売1日早いってほ…ほんとですか…??あ、明日一応本屋さんのぞいてみようかな…

あ、全部かどうか知らないですが(本の卸業者っていうのかな、数はないけどひとつじゃないし、それによるのかも)、多分今日発売ですよ、西は(笑)
ただネットではお口チャックだからそれはそれで辛いんですけどね(^_^;)西側の人とSkypeしたくなるの(笑)
2015.10.27 Tue 08:32
Edit | Reply |  

Name - ゆけ  

Title - すいません、話題かぶっちゃって…

すいませんー
私、ウロっとしてるんですよ。コスじゃなくてただのパロでした…(*_*; 
歌いながらあのヅカ階段を上がっていく…みたいなイメージなんですけど…どうだったっけなー…
なんの脈略もなくて、ただ退場したかっただけのような気が…。
そんな大したあれじゃないんですよ…?ただふふって笑えるだけで…
(ごめんなさい、どこで見たか忘れちゃいました…)

ていうか!今頃来てすいません(汗
ふふふっ5話目かと思ったら、笑わされてしまった(笑)。
青木~、せこい~(安心してください、ほめてますよ。)

eriemamaさん、青木が楽しくなってきてますよね??
なんだか青木を応援したくなっちゃいましたよ(笑)

そして、横入りで申し訳ありませんが、「笑わかす」、私言うんですよね…。(←え?)
なのでフツーに読んでて、後日記事で「薪さん何語ー??誤植??」って物議を醸してるのを見てびっくりしたんです。
「えっ方言なの?」って(笑)。そしたら方言ですらなかった…。
eriemamaさんに言われなければ、方言で済ませるとこでした…。西側諸国では普通だよねーって。

いや「笑かす」の方が使ってると思うんですけど。でも「ほんま、笑わかしてくれるわ~っ」とか言います(笑)
なんでしょう…。方言でもないとなるとすごい気になってきました…。造語??
たぶん、スパーンと言うときは「笑かす」で、ほにゃ~っと言うときは「笑わかす」になってる気がします…。…えー…?(混乱…)

たぶん私の日本語、ぐっちゃんぽんなんですよね。…うちの家族が悪いのかなぁ…。各地のこってり方言がずっとマイブームだったのが悪いのかも…。
…とりあえず、仲間を探してみます…。何かわかるかもしれない…。

(と、ところで、関西の発売1日早いってほ…ほんとですか…??あ、明日一応本屋さんのぞいてみようかな…。あーでも世界体操も全力で応援したいんですよねー…。←おい。やだー分身したい…)
2015.10.27 Tue 02:40
Edit | Reply |  

Name - eriemama  

Title - Re: わーーん、かわいい

> もー、たまらんです。薪にゃんかわいすぎる。

ありがとうございますm(_ _)m
理想っていうか、ドリーミー薪さんを目指してます(笑)

> そして今井さんのあのシーン、私の萌えシーンなのですごい

私もです(°▽°)今井さんそれ!コップ売って!(←コラ)って思いましたね(* ̄∇ ̄*)

いよいよ薪にゃん…いや薪さんに会えますね!( 〃▽〃)怖いけど楽しみです♪ちょうど夫出張だし、どっぷり浸りたいと思います(^_^;)
2015.10.26 Mon 07:23
Edit | Reply |  

Name - けい  

Title - わーーん、かわいい

もー、たまらんです。薪にゃんかわいすぎる。
そして今井さんのあのシーン、私の萌えシーンなのですごい
ツボです。青木君いいね!です。
は~、こういうお話大好きです。とっても癒されました。
2015.10.26 Mon 00:42
Edit | Reply |  

Name - eriemama  

Title - Re: 羨ましかったんだね……

> あはは、なんですかこれ。おかしい〜!

ふざけまくりました(笑)人間たまには羽目外さないと、と…いえ、まぁしょっちゅう外してるんですけどね(^_^;)

> 青木くん、何気に今井さんや宇野さんが羨ましかったんだね………。

今井さんのは間近だったので記憶に鮮明なんじゃないかと思います(笑)宇野さんのは直には見てない分羨ましさ倍増ですかね(^_^;)あの頃は薪さん、笑顔の安売りしてませんでしたもんね。今は手が届くお値段になった気がしますが(笑)

> そしてウィンクする薪にゃん……!ダロ❤️って!
> 想像できないけど、薪にゃんならいける気がする(^0^)

薪にゃんにはなんでもありですみません…(^^;;
苦情が来ないうちに引っ込めないとダメかな(ーー;)
ちょっとやりすぎましたね、私も想像できないんです(笑)果たして可愛いのか…???むしろ違和感???
2015.10.24 Sat 23:12
Edit | Reply |  

Name - ねこじゃらしにゃんたろー  

Title - 羨ましかったんだね……

あはは、なんですかこれ。おかしい〜!

青木くん、何気に今井さんや宇野さんが羨ましかったんだね………。
寝汚いってあーた(笑)

そしてウィンクする薪にゃん……!ダロ❤️って!
想像できないけど、薪にゃんならいける気がする(^0^)
2015.10.24 Sat 22:37
Edit | Reply |  

Name - eriemama  

Title - Re: あーあ。

> 青木、やり損ね……ああ、いや(笑)

ねー?(笑)あーあ、ですよね(笑)

> でも、私のクセなんですが薪さんになりきってお話追ってみると、
> これ薪にゃん出張前に愛しい青木に愛の言葉吐かせたくて来たな?薪にゃん自身がしばらく会えない間の元気をもらって帰ったでしょ?ああもう可愛い人。いやにゃんこ。

そうなんです、これ、骨組みはまさにそこでして(笑)理想の上司云々とコントは後から来たんです(^^;;元気はチューで補完する薪にゃん(笑)その先があればパワー全開だったでしょうがタイムリミットのなっちゃいました。帰り道できっと、チッ!青木め!ってやってることでしょう(笑)

> なごみました~(°▽°)
> 連載中のお話も、こっちも、どっちも好きです!また続きプリーーーズ!!

ありがとうございます( ; ; )メロディまでに片付けたいあれこれと楽しみたいあれこれがあるので祭りが落ち着いた頃例の続きだけあげられるようにコソコソ準備中ですw
連載に薪にゃんのネタになりそうな展開あるといいなぁ(笑)
2015.10.24 Sat 21:58
Edit | Reply |  

Name - eriemama  

Title - Re: 変なコント最高!

> めちゃ笑わかしてもらいました! あ、笑わかすって関西で使いますか? 7巻の薪さんの「笑わかすな」がMisaさんと同じくいまだにしっくりこなくて。

笑っていただけて嬉しいです(笑)
いやもう、メロディが来たらきっと引きつった笑しか出ないんじゃないかと思って、今のうちに笑いを!と思って書いたので(⌒-⌒; )
笑わかす、清水先生がこうされたのであれば日本語的に正しいのはこっち?と思うのですが、地元あたりでは「わ」は発音せずわらかす、と言いますね(^^;;笑かさんといてよもう!みたいな感じです。国語表現論とかも国文科紛れてとってたくせに日本語あんまりわかってないので、誰か詳しい人がいらしたら解説して欲しいですね(笑)。私も気持ち悪いんです、これ。

> っていうか、今井さんの水はともかく宇野さんのは、青木くんあなたそこにいないでしょう? 薪にゃん同様、青木くんも生霊に?

フフフ…誰のタレコミでしょうね(笑)青木も褒められたことないわけじゃあないんですけどねぇ。今の連載でもめっちゃ褒められてたし。

> そして、かぼちゃは黒歴史認定なんですねwww

ハイ、決定です(笑)もうね、にゃんたろーさんがビジュアル化してくれたあの薪にゃんのコミカルさを見たら(笑)必死で葬りたい過去になってるだろうと思います。

> ほら、こういういい話がたくさんあるから、私はもう書かなくても…と、人のせいにしてみる(笑)。

ええっ!?これ、いい話ですか?(笑)ありがとうございます(。-_-。)←褒めてると思うのか!って叱ってください(笑)
私は最近考察系が苦でして(^^;;周りがすごーく充実してるし、自分は物語の表層しかいつも読めてないなぁと思えてしゃあないんですよね。かと言ってSSなら深いところに迫れるのか、というとそうでもないし周り充実してるのはこれまた一緒だし、え?もうブログやめて読むほうに回る?ってずっと迷っとります…(^_^;)
2015.10.24 Sat 21:51
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Name - なみたろう  

Title - あーあ。

青木、やり損ね……ああ、いや(笑)
薪にゃん相変わらずズレてて可愛いなあ~もう~( ;∀;)

でも、私のクセなんですが薪さんになりきってお話追ってみると、
これ薪にゃん出張前に愛しい青木に愛の言葉吐かせたくて来たな?薪にゃん自身がしばらく会えない間の元気をもらって帰ったでしょ?ああもう可愛い人。いやにゃんこ。
なごみました~(°▽°)
連載中のお話も、こっちも、どっちも好きです!また続きプリーーーズ!!
2015.10.24 Sat 19:31
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Name - たきぎ  

Title - 変なコント最高!

めちゃ笑わかしてもらいました! あ、笑わかすって関西で使いますか? 7巻の薪さんの「笑わかすな」がMisaさんと同じくいまだにしっくりこなくて。

っていうか、今井さんの水はともかく宇野さんのは、青木くんあなたそこにいないでしょう? 薪にゃん同様、青木くんも生霊に?
そして、かぼちゃは黒歴史認定なんですねwww

eriemamaさんのギャグ最高です! 
ほら、こういういい話がたくさんあるから、私はもう書かなくても…と、人のせいにしてみる(笑)。
2015.10.24 Sat 18:22
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