薪にゃんと一緒(あなたが欲しい 編)

eriemama

こんにちは。あちこちご無沙汰しております<(_ _)>

もうちょっとで広告が出るところでしたが、ぎりぎりで気づきました( ̄▽ ̄;)
5月に入って、GWの頃からの風邪がなかなか治らなくて、その他にも体調的にしんどいことがあれこれ出てまいりまして。そういう肉体的しんどさに加え、仕事の方はシステムが新しく切り替わるとかなんとか。性に合わないんですが事務所にこもってマニュアルを色々覚えなおさなきゃいけなくなり、きつい日が続いておりました。
まぁ、それだけが人生の総てではないので楽しいことを見つけてはストレスを紛らわせてはいるんですが、なかなか気持ちが起き上がってくれません(-_-;)

そんな毎日なのですが、広告対策とはいえ久々に昨日薪にゃん(成猫)書いたら思いの他楽しくてちょっと生き返れた気がしました。相変わらずアホらしく、特に青木ファンの方には申し訳ない内容になってしまったんですが、原作には一切関係ございませんということで、どうぞお許しを;;;;

それでは、聞いて下さい。




薪にゃんと一緒(あなたが欲しい 編)


「…………」
「…………」
沈黙が、長い。
ソファに2人手をつなげる距離で座って、身動ぎすれば腕が、肌が触れる近さにいるのに。すぐ隣にいる男の心は今遥か彼方、それがどこかもわからない空の上にあるようだった。
そう、文字通り、上の空。遙か下方地上に残された僕のことなんて綺麗さっぱり忘れて、ここじゃないどこかの空を想像の翼とやらを広げて飛翔しているのだ――画面に映る、渡り鳥と一緒に。
(そういう想像力は捜査に使えバカ)
青木が熱心に見入っているテレビの画面は、さっきからずっと新しい春を求めて大空を飛び続ける渡り鳥の群れを映していた。
僕がここに来た時からずっと、この男はひたすら鳥が飛び続ける画が編集されただけの単調なドキュメンタリー映画を見続けていた。
勿論僕が現れた時点で、一応青木はそれを中断しようとした。でも、あくまでも中断だ。青木の手がリモコンに伸び、一時停止のボタンを押した時点で僕はムッとした。
だってそう頻繁に逢瀬が叶うわけではない状況下にある中、久々にふたりきりになれたのだ。それなのに、「一時」停止。一時というのは期間限定、つまり用が済んだら再開しますよ、という意志が明白なわけだ。何故「完全」停止しない。すぐさま止めて僕と向き合わない。
そこに青木の本音を見た僕はでも、別に喧嘩をふっかけに来たわけではなかった。今日は週末。明日はお互いに休み。なら、久々に甘い一夜を過ごしたい――そんな気持ちになったからこそ疲労回復や些末な家事は後回しにしてやって来たのである。
ただ、はやる気持ちが勝り過ぎていたのだろう、いつもの猫耳モードのコスチュームに着替えるのをうっかり忘れ、ジャケットこそ脱いだとはいえワイシャツネクタイのままで飛んで来てしまったのは失敗だったかもしれない。そんなオンの姿のままではそういう気にはなれない、いつもの上下関係を引きずって気が引けてしまう、青木がそんな気になったのだとしたら、その責は少なからず僕にあるのだろうと思われた。
だから内心の苛立ちを抑え、それをできるだけ寛容な気持ちに書き換えると、僕は青木に向けて言ってやったのだ。
「おまえ、ほんとに動物モノ好きなんだな。構わない、続きが見たいんなら見てもいいぞ」
あ、ヤバイ。つい上司口調が…。
そんな心配をしたのも束の間――良かった今いいところで。あ、薪さんもどうぞ見て下さい、あっ、ほらこの子は親鳥のいる群れから離れちゃってひとりで北を目指してるんです…ああ心細いだろうなぁ…無表情だけど。このね、無表情さがいいんですよね。なんていうか健気で、一生懸命で、ストイックで強靭な魂を感じるんですよねぇ。
青木は画面から目を離さず、戸口で棒立ちになっている僕には見向きもせずノンストップで熱く語った。ただし、声はいやに抑え気味だ。珍しくほとんど口を動かさないような小声の早口、さっさとお喋りは済ませて静かに見たい、とでも言うかのようだ。
鳥に表情があったら怖い。
青木の長い話に関して僕が再び燻ぶり始めた苛立ちの中思ったことはそれくらいだった。
一瞬こっちを見ただけですぐに映画の中に戻ってしまった青木に無性に腹がたった。僕に話しかけているけど、実際にはもう僕はその時点で青木の中から締め出されていたはずだ。
だんだんと腹が立ってきて、僕は返事をしないままムスッとして本棚の前に向かった。一緒になんて見てやるものか。適当な本を見繕うべく背表紙を目で追うが、画面から聞こえてくる鳥の鳴き声が気になって頭に入らない。しょうがないので一番取りやすい位置にあった本を持って青木が座っているソファに行き、隣に座った。そこでタイトルを確認すれば、それは『はじめての離乳食』……なんでこんなの大事に取ってあるんだ、もう使わないだろうに思い出に残しておくつもりだろうか。
思わず横に座る青木を見る。すると青木は画面を見つめたまま、何故か僕との距離を少し開けるように端に寄った。ソファには充分余裕があったが、僕に気を遣ったのだろうか。でもここは混雑する電車じゃないし僕は3人がけのソファの空白に収まり切らないほどの巨漢でもない。あまり言いたくはないが小柄なのだ。結果、僕の両サイドには不自然に微妙なスペースができることになった。人ひとり分もない隙間ではあるが、それが何とも居心地悪い。
なんなんだ一体、僕とくっつくのが嫌だっていうのか?ムッとして睨んでやるが、青木はやはり全くそんな僕の気配には気づかぬ風で口元に手をやって囁くように喋り出した。それ誰の真似だ。
「これはキョクアジサシっていうカモメ科の渡り鳥です」
一生の間に北極圏と南極圏を240万キロも行き来するんです。ちょっと気が遠くなる距離ですよね、地球と月との間を3往復するのと変わらないんですよ?
僕はノーコメントでその短い解説を聞き流したが、言うだけ言うと青木は気が済んだのか再び沈黙した。間もなく画面に映る鳥は別のものに変わったが、今度は解説はなかった。
居心地の悪い苛立ちが収まらず、僕は手近にあったクッションを引き寄せて膝の上に乗せると、さっき拝借した本を広げて目を落とすことで気をそらそうと試みた。別にこんなの読みたいわけじゃないけど、活字中毒の気がある僕は暇を紛らわせるためなら食品パッケージ裏の成分表であれ読むのが苦痛ではない。ひたすら続く単調な鳥の画像を見続けるよりは余程マシだった。
だいたいこいつは昼間あれだけひたすら書類や画像データを見続けることを強いられているのに、どうして1週間も続いたそこから解放されたオフにまでこんな風に必死に目を酷使してるんだ。金曜の夜なんて一番ダラダラしたい時じゃないのか?
……いや、まぁそれは個人差もあるか。
小さく吐息を吐き、僕は本を読む姿勢のまま、青木との間にできた隙間に視線を流した。いつもなら僕が鬱陶しいから離れろと言ったって「ええーっ」とか子供みたいな声をあげてベタベタしてくるのに、どうして今日に限ってこんなによそよそしいんだろう。心当たりを探ろうとするが、まるで浮かばない。
黙り込んだ青木はもう喋る気配がなく、それだけ集中してるのだろうと思われた。
僕の中の苛立ちが別のものに変化し始めたのは、その沈黙が30分を過ぎた頃だった。
一緒にいるのに、青木が遠い。
ここに僕が来てから、目が合ったのはほんの一瞬で。僕が好きな綺麗な黒い瞳は、さっきからずっと見知らぬ鳥に向けられたままだ。
最初の頃は僕がここに来るや1秒でも惜しむように求めて来たりしたものだが、この冷めよう。
僕の中に、時々前触れもなく出現してはじわじわと人を追い詰めようとするタチの悪い不安がまたその気配を現す。
(こいつはいつまで、僕を欲しがってくれるのかな)
今みたいな時間が増えて、いずれは僕に触れることも無くなるんだろうか。
舞ちゃんの手が今ほどかからなくなったら。或いは僕がいよいよ老化に勝てなくなって今ほどの輝きを失なったら…薪さんオレ、鳥飼おうかなって思うんですけど。とか言い出してそっちに夢中になるんだろうか。
僕との時間はその小さな生き物に奪われて、青木が僕の名前を呼ぶことも、その目が僕を映すこともどんどん減っていくんだろうか。
(こわい。こわいこわいこわい)
そんなことを考え出したら、全く活字が頭に入らなくなって来た。
イヤだ。
僕とピーちゃんとどっちが大事なんだ!なんて惨めなセリフは絶対言いたくないし。
対人間だって時々情けなくなるのに、この上鳥にまで醜く嫉妬したくない。それともようやくあんな感情とは無縁に生きられると思ったのに、結局僕は苦悩する主人公の宿命から逃れられず人生どこまでもあの苦しみがつきまとうとでもいうのか…?
そう思ったらサーっと血の気が引いていくようだった。好きでそんなポジションに収まったわけじゃない。だいたい最初は青木が主人公だったじゃないか。もういっそ主人公降りたい…。
いや――申し訳ない、話がずれた。
落ち着け剛、取り乱したとはいえ極論に走りすぎだ。この僕が鳥になんて負けるはずがない。そうだ、僕は青木から不屈のポジティブ思考の影響を受け続け、この数年でさらに強くなったのだ。
今だってほら、この微妙な距離をそれとなく詰めていき、たとえばちょっとコツンと頭を青木の肩に乗せてみたりしたら。そうしたらきっと青木だって、僕の可愛らしさを思い出してたまらなくなるはず。
――はず。
チラ、と青木を盗み見る。
今はまだずっとまっすぐに前の画面を向いているその横顔。それをこちらに向けさせる。ちゃんと僕の方を見て、薪さん、といつもみたいに苦しそうに呼んで求めて欲しい。
うん、いける。簡単なことだ。
そうと決めたらいこう、今すぐいこう。
僕は膝に広げた本に再び視線を戻し、呼吸を落ち着けた。大丈夫、接触するのは肩と上腕、それに頭くらいだ。どれだけバクバク心臓が脈打っていたって顔にさえ出さなければ気づかれやしない。そうだ、テレビが退屈すぎてちょっと眠くなっちゃった、そんな風を装えば不自然にならないに違いない。
たったそれだけの何気ない動きにさえ無敵の愛らしさを醸し出せるのが僕の強みなんだから。
画面に気を取られている青木のぼんやりした横顔を上目遣いに再確認すると、息を殺して控えめに隣りへ数センチだけ移動した。青木はそれにも無反応で、前を向いたまま身じろぎひとつしなかった。それはそれで無関心の証なんじゃないかという気もしたが、ひとまず準備は整った、小さいことは気にしない方がいい。握りしめた手の平に汗がにじむのを感じながら、息をひとつついた。
よし。
(……)
今だ!行け剛!
行け…!!
ゴツ。
(しまった!)
てか痛い。僕としたことがこの大男の骨の硬さを失念していた。
勢い余って思い切り頭を青木の肩の骨めがけてぶつけてしまい、僕はそのまま瞬きすら止めて変な汗と涙が出そうになるのを懸命に抑えながら固まった。
「あっ、すみません!……てか薪さん?どうしたんですか急に頭突きなんかして」
おそらく最初に謝ったのは条件反射みたいなものなんだろう。自分でもその不自然さに気づいたのか、青木は困惑したような微苦笑を浮かべ、僕の行動のおかしさを指摘して来た。顔が熱い。とにかく逃げ出したかったがそうもいかず、僕は元どおりわずかに青木から距離を置く位置に戻りながら言い訳を探した。ええっと。
…言い訳はダメだ、男なんだから。
「…いや、これは」
頭突きじゃないんだ。
って、そうじゃなくて。
「もしかして、さっきの鳥の真似ですか?綺麗でしたね、一瞬で仕留めて」
青木が話しているのはつい先刻流れた映像のことだった。海面に勢いよく飛び込み、魚を仕留めた鳥の姿。うんそれ!その真似だ――なわけがない。僕には頭から獲物に突っ込む習性はない。
……青木がバカで良かった。
僕はほっと胸をなでおろしながら、ひとまずウン、と頷いておくことにした。青木はと言えば、何事もなかったように映像観賞に戻っている。……青木め。動物好きなのは知ってるけど、そんなに鳥が好きなのか。
僕よりそっちがいいのか。
確かに綺麗な鳥もいるけど。
おまえの好みドストライクはこの僕なんじゃないのか?
……仕方がない、作戦変更だ。
姿勢を正し一旦は閉じた本を開く。さっきの続きは87ページ4行目。中途半端に薄いこの本はもうすぐ読み終える。だからその前に。
そ、と僕と青木の間に置かれている大きな手に、つとめて何気なく自分の手を半分重ねるように乗せてみた。距離を詰める必要もなく難易度は低いが、それなりの効果は期待できる気がする。
予想通り、さすがの鈍さを誇る青木もこれにはすぐ反応を示した。下になった自分の手を引き抜き、僕の手に指を絡めてくる。…ヨシヨシ。
本に戻していた目を上げ、青木の方を見れば。
無言ではあったが、いつものやわらかい笑みを浮かべた青木がこっちを見ていてホッとする。良かった、ちゃんと目を合わせられた。
すぐにまた例のドキュメンタリーにその眼差しは奪われるかと思ったけれど、青木はすぐには目を逸らさなかった。視線が絡み合い、今夜はじめて2人の間に甘い空気が漂った気がした。ちょっと戸惑いを含んだような微笑に青木の笑みが変化したのは照れ隠しだろうか。可愛いやつ、と僕もつられて頬が緩――
「薪さん、この鳥って鳩くらいの大きさなんですよ?今はクチバシと足が赤いんですけどこれは夏で、冬になると黒くなるんです」
にっこり。僕の方に微笑みかけながら、青木が楽しそうに言った。
くるっくー。
想像力豊かな僕の脳内スクリーンにはたちまち首だけを素早く動かすあの独特の動きでこっちを振り向いたバストショットの鳩が超リアルに浮かび上がり、ばっちり目が合った。こっちを見るな!おまえじゃない!今僕が目を合わせていたいのはおまえじゃないんだ!
……っと。いけない、僕としたことがだいぶ疲れてきたようだ。ブン、と頭を一振りして鳩を追い払うと、目をつむって呼吸を整えた。ひとつ言っていいだろうか。前から思っていたんだけど、

…………青木おまえ、出る漫画間違ったんじゃないのか?

クチバシも足も鳩もどうでもいい。
一気にどよんと胸の中が鈍色に沈む。せっかく微笑み返そうとした相手はもう僕を見ておらず、手は繋いだままだったけれど、それはまるで意味のないスキンシップと化していた。
子供の手繋ぎじゃないんだから。
一瞬の安心が欲しいわけじゃない。僕が欲しいのはもっと。
それを思うと、身体が火照るように熱くなるような、激しい――
「これ、あとどれくらいあるんだ」
繋いでいた手を離し本も閉じて立ち上がると、青木の方を向いて尋ねた。残り時間がいくらでも、青木が答えた時点で帰ろうと思った。今日は無理だということがこれではっきりした。
「薪さん?」
きょとんとした目で振り向いた青木がひどく遠くに見えた。…この唐変木が。
今日は一段とボーッとして見える間抜けな顔。それでも苦しいくらい僕はこの男が好きで。好きで好きで、イヤになる。
なんでこんなに今だって泣きたいくらい好きなのに、僕というやつはそれが素直に言えないんだろう。
そうだ、そんなに好きならいっそそれを吐きだして仕まえばいいのに。
それが出来ないから気づいてくれなんていうのは、虫がいい話で。それくらい僕だってわかっている。求めて欲しいなんて言う前に求めなきゃ何も始まらないのだ。
青木を責める権利は僕にはない。
どうすればいいのかはわかっていても、やっぱりくだらないプライドが邪魔をして、今さら甘えるような器用な真似は僕にはできない。ましてや、抱いて欲しいなんて絶対に言えるはずがなかった。欲しいものを欲しいと言えるような器用さや可愛げを持ち合わせいたなら、人生こんなに苦労はしてこなかった。
「鳥なんて僕は興味ない」
青木の前に立ち、ようやく言えたのはどうでもいいそんなひことこだけ。それが精いっぱいだった。
渡り鳥の名前とか、その生態とか。別にどうでもいい。
「僕は――僕が興味があるのは」
いつも…そして今。
紡ぎだせない言葉のかわりに、ス、と片手が青木の方へと伸びた。
触れたかった男の頰に、掌を添える。青木の体温が肌越しに伝わる。いつもならそれだけでも溶けてしまいそうな幸福を感じるのに、今はただ苦しくて悲しかった。
「……薪さん」
青木はただ純粋に驚いている風だった。
そりゃあそうだろう。自分の方が僕より「好き」が勝っていると信じて疑わないこいつには、僕がどれほど求めているのか、思いもよらないのだ。僕がこんなに欲しがっているなんて想像もつかないのだろう。そうだ、おまえなんかより僕の方が――僕の方がおまえを。
けれど。
僕が見つめる先で、青木の表情からフッと驚きが消えた。艶めいた光をたたえた瞳に何かが灯るのを、僕は黙ったままただ見ていた。
次の瞬間、グイ、と青木の腕が力強く僕の腰を抱き寄せ、ぐるっと視界が回ったかと思うとあっという間にソファに組み敷かれていた。バサっと床に手にしていた本が落ちる音が傍らに聞こえたが、そっちを見ることすらできなかった。
――え?
「ごめんなさい薪さん、もうダメです」
ついさっき僕が思っていたようなことを、僕の上になった青木がこちらを見下ろしながら苦しげに言う。
(ん?)
その様をボンヤリと目でとらえながら、だが僕は別の何かに引っかかっていた。クン、と鼻が反応する。
(そういえばここに来た時も何か)
一瞬引っかかった何かがあったのだが、青木の様子に気を取られて忘れていた。
「薪さん潔癖症なところがあるし、今日は何とかやり過ごさなきゃって思って」
僕を組み敷いたまま、でも顔を背けた青木は、固く目を閉じて辛そうに吐息をつくと続けた。
「不自然にならない程度に距離を取る方法がないかとか、できるだけ喋らなくてもいい方法はないかとか。これでも一生懸命考えてたんです、これ見ながら」
青木が言う「これ」とは例のドキュメンタリーのことだ。リモコンを手に取ると、青木はためらうことなくテレビを消した。余計なものがなくなり、僕の感覚は一層そっちに集中する。
(んんっ!?)
まさか、と嫌な予感がよぎった。残念ながら僕は、無駄な引っ掛かりを憶えたりはしない。…と、いうことは。
一瞬でここまでのあれこれが今しがたまで経験したものとは別のストーリー、新たな解釈となってしっくりと繋がる。
「青木、おまえもしかして」
「ハイそうです帰りにおろしニンニクたっぷりトッピングに追加したラーメン付きの満腹セット食べて来ました!今夜薪さん来るなんて思ってなくて」
僕の記憶は急速に巻き戻され、一箇所でピタリと止まった。それはひと月くらい前の深夜のこと。地元情報誌をパラパラとめくりながらこいつ言ってたっけ。あ、ここのラーメンが美味しいってすごい評判なんですよねー、時間があったら食べに行きたいんですけどなかなか。今度こっち来たら一緒に行きます?
…と言う青木の申し出は丁寧にお断りしたが、参考までにチラッと見た紙面にはオススメメニューの満腹セットが載っていた。おススメの追加トッピングは特製おろしニンニクとすりごま、紅生姜。お値段は1100円(税抜)。お店には申し訳ないが僕の場合見ただけで満腹になるので静かに背を向けざるを得ないシロモノだった。
こういうのって週末しか食えないんですもん、と言うと、青木は「でも一応家族に配慮してコンビニで買ったブ◯スケア飲んだんですよ?」と付け加えた。
多分それあんまりフォローになってない。そう言おうとしたが、じっとこっちを見下ろす目の真剣さを前にそんな隙を見せるのは命取りな気がした。
青木に押し倒される、というこの状態こそ望んでいたような気もするが多分気の迷いか何かの間違いだ。ここは何とかして脱出しないと。そう思うが足はがっちり青木にホールドされているし片手もいつの間にか掴まれていて身体の自由がきかない。圧倒的に不利な状況に顔がひきつるのがわかった。
「青木っ、落ち着け。おまえの努力に気づかなかった僕が悪かった、すまない」
「そうです努力してたんです。俺があなたを放っておくとか無視するとかあり得ないの知ってますよね?目の前にあなたが現れて食べちゃいたくないわけないのも」
いやさすがにそこまでだとはっ。
モワン、と鼻先に漂うその匂い――青木おまえそのあっさりした顔で一体どれだけトッピング追加…!
「顔は関係ないです。なのにあなたときたら――そうです悪いのは薪さんなんだ、あなたがそんな風に、俺のこと欲しいって書いた顔で辛そうにこっち見たりするから」
俺が懸命に堪えてるのに、知らないふりしてたのに、あなたが次々誘ってくるから。
……気づいてたのか。
「おまえっ、この僕に自業自得だとでも言うつもりか!?」
そんなこと許されるとでも思ってんのかこのバカ!
演技なら演技でもっとわかりやすく下手にしろ!だいたい普段から鈍い奴が鈍いフリなんてしても見分けがつくわけがない。いや、それとも予想外にこいつが役者だってことなのか!?そうなのか!?
「観念して下さい!」
「イヤだ…っ!」
助けて岡部!
東京に向け心の中で強く叫ぶが、当然届くわけもなく。
青木の顔がぐっと近づいて来る。もう絶体絶命だ。そう思ったら涙が出そうだった。そう、仕事がヘヴィ過ぎてアドレナリン大放出の非常時はともかく僕は元来潔癖、匂いにはかなり敏感で、特に猫耳の時は嗅覚がさらに――ああなのに何で気づかなかったんだ!
ゾワッ、と全身の毛が逆立ちそうなピンチを前に、とりあえず息を止めてギリギリでぎゅっと目をつむった。唯一自由がききそうな首をできる限り曲げて顔を背けると、あともう少しというところで衝動をぶつける先を失った青木は僕のうなじに顔を埋めてきた。
舐めたりしたら一生許さないからな!とすかさず釘をさす。
「バカ!!匂いが移る!!離れろ青木っ」
「薪さん声デカイです、舞たちが起きたらどうするんですか?」
冷静か!
「大丈夫です、気になるのは最初だけでそのうち鼻が慣れてわからなくなりますから。逃げないで」
嘘だ!絶対慣れない!おまえと違って僕の鼻はそんなにバカじゃない。だけど悲しいかな、現実問題としてどうしようもない体格差からは逃れようもない。こんな体勢じゃなきゃとっとと伸してやるところだが、まともに体重をかけられ押さえ込まれては身動きが叶わない。もはやここまでか、と思うと涙が滲みそうだった。迂闊だった。もっと早く気づけばよかったのに、あんなに無防備にニンニクモンスター青木を誘うような真似をした少し前の僕が恨めしい。
青木が喋るのをやめた空白に覚悟を決めた僕は、それでもできることはしようと精一杯肺を膨らまし比較的綺麗な空気を吸い込んだ。そのまま息を止め、目を閉じて力を抜く。
僕だって男だ。我慢してやろうじゃないか!来るなら来いっ!!
だが。
相変わらず僕をホールドした体勢はそのままだというのに、いつまで待っても青木が来ない。何だ?どうした?まさか自分で自分の匂いに気絶でもしたのか?
さっき吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出しながら恐る恐る目を開けると、青木は先程と何ら変わらずこちらをじっと見下ろしたまま動きを止めていた。僕が目を開けたのを見て項垂れると、ハァァァー…、と深々と溜息をつく――ウッ!!強烈…!!おまえもう金輪際息を吐くな!!
青ざめて涙ぐむ僕に気づき、青木は情けない顔のままふっと笑った。
「大丈夫ですよ、無理やりはしませんから」
いや、まだ何もされてないけど既に大丈夫じゃないかもしれないんだが。
「ごめんなさい、退きますね」
青木が僕の上から、ソファから降りる。大男がよいしょと床に座り込むのを見届けてから、僕は遅れてのそのそと上体を起こした。乱れた着衣を整え、落としてしまった本を拾い上げてテーブルに乗せる。
その間に青木は立ち上がって本棚の方へ向かい、引き出しを探って中から何かを取り出して戻って来た。…マスクだ。
「ないよりマシでしょ?」
「……」
「そんな怖い顔しないで下さいよ、本気で襲ったわけじゃないんですから」
嘘つけっ、本気の目だったぞ!
何年付き合ってると思ってるんだ。
目を釣り上げたままの僕を見て、青木は小さく笑った。
「けど、わかったでしょ?俺がどれだけあなたが欲しいのか。でも一生許してもらえなくなるのはやっぱ怖いんで」
戻ってきた青木が、さっきと同じ場所に胡坐をかいて座った。
「……」
「そんなにイヤですか?自分じゃそこまで臭いとは思えないんですけど」
そりゃあご本人だからだ。小首を傾げる青木を睨み付けると、即座にすみません、と謝られた。いつもの青木だ。
「好きな相手の匂いなら我慢できたりするんじゃないですか?」
しつこく青木が問う。こいつ、反省した風でまだ諦めてないんじゃないのか?疑惑が浮かんだが、とりあえずは流すことにする。
「……精神論でどうにかなるものとならないものがある。とにかくそういうのは生理的に無理だ、僕を抱きたきゃ心しておくんだな」
「わかりました、薪さんを抱くにはニンニクNG、と…」
「メモるな!」
床に素早く滑り降りた僕がテーブルの上のメモ用紙に伸びた手をパシッと叩いてやると、何がおかしいのか青木はクスッと楽しげに笑った。
「他にNGは?」
は?
「他にどうしてもダメってことはありますか?向学のため聞いておかないと」
え?ええっと…。
改めて問われると思いつくものなんてそうそうあるわけじゃない。僕が口ごもっていると、青木はよしよしをするように僕の頭を撫で、わかりました、と頷いた。何が?まだ何も言ってないけど。
「鈴木さんがしそうにないことはしないように気をつけます」
何でそうなる。
「鈴木さんはニンニクくさいとこ想像できないですよ、確かに。だって見るからに爽やかイケメンでいい匂いしかしなさそうじゃないですか」
そうか?全く食べないってことはないと思うけど……てかおまえだってニンニクくさいとこあんまり想像できないぞ。僕の勝手なんだろうけど、イメージじゃない。
「そうですか?俺、割と好きなんですよ?焼肉する時はホイルに包んで一緒に焼くし。これから暑くなると夏バテ防止にもいいですからね」
ふーん、そうなのか。
「でも、今の発言から察するに薪さんの中では俺も鈴木さんと同じくらいのイケメン枠ってことなんですね?」
ふふ、と青木は嬉しそうに笑った。いや!そんなことは言ってない。……まぁ否定はしないでやるけど。目のやり場に困ってふいっと視線を逸らした僕に、青木がそっと付け加えるように続けた。
「俺のこと、嫌いにならないで下さいね」
やわらかな声に顔を上げると、僕を見る青木の目が優しすぎて、鼻の奥がツンとなった。そんなこと、あるわけない。
「……いくら何でも、こんなことくらいで嫌いにはならない」
そんなに簡単な気持ちじゃない。
(こいつは)
あとどれくらい、いつまで。
僕を欲しがってくれるのかな。
こんな風に。今と同じように。
そう思うとまたやっぱり、ぎゅっと胸を締め付けられるような苦しさに襲われる。
先のことはわからないから、確信が持てなくて不安になる。でも同時に、今の幸せにも気づいて、それが永遠であるよう祈らずにはいられない。僕は絶対、嫌いにはならない。嫌いになんてなれない。だからどうか。
「俺のこと、好きですか?」
マスクをして顔の半分はわからないけれど。僕にはとても綺麗に心から笑う青木の顔が見える。いつも僕の不安を消し去り、信じさせる優しい笑顔が見えている。
答える代わりに、僕はこくんと頷いた。
好きだよ。とても、とても。そんな素直な気持ちをできるだけこめて、笑い返した。
「でも…マスクは取るな」
プッと青木が吹き出す。ハハハ!と笑い出した青木につられて、僕も声を立てて笑った。



(おわり)
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Posted byeriemama

Comments 6

There are no comments yet.
eriemama  
Re: 相変わらず

なみたろうさん、こんばんはw

> サイコーですよえりりん( ;∀;)

ありがとうございます…鳥ネタパート2、書いて良かったです(笑)

> お体いかがですか?

はい、ぼちぼちやってますがなかなかスッキリとは…(・・;)
急に色々発覚したんでさすがに凹みました。まぁ貧血以外はそんな重症でもないんですけど、
それでもこれまではここまでガタガタになることなかったので。
年齢的にも自己管理が大事になってきますね、ちゃんと日頃からメンテしないとなぁ…。

> でも薪にゃん読んで私も元気になりました。

良かったです…私にとっても薪にゃんは元気の源で、
久々にこの楽しさを思い出しました(笑)

> アジサシって可愛いですよね( *´艸`)

このSS書くときに調べて知ったんですけど、名前からして
まんまな感じが可愛いやないか、って思って(笑)
見た目も可愛いですよね。

2018/05/28 (Mon) 08:03 | EDIT | REPLY |   
eriemama  
Re: 構われたい薪にゃん!

千尋さん!ご無沙汰しております(。-_-。)
ろくに更新できてなかったのに読みにきていただけて嬉しいです…(;▽;)

> いつ青木くんに飽きられるか、と不安になってる薪にゃんが切ない…… でも、僕の可愛さを利用してやる、と思えるようになった、青木くんの良い影響が😊

自信があるんだかないんだか、なんですが、薪にゃん成長中です(笑)
本家薪さんはさりげない(?)動作の流れや紛らわしい表現でドキッとさせるのがお上手ですけど(笑)、
薪にゃんはちょっと不器用…そこが気に入ってます、自分で(⌒-⌒; )

> 薪にゃんも青木くんもお互いを求めているっていうのが良いですね~💕 いつまでも飽きずに、イチャイチャし続けて欲しいです!

うちの薪にゃんには個人的な願望こめまくってますので今後もバカップル路線を爆走してくれると
思うんですが、そろそろ公式の方も…ねぇ(⌒-⌒; )
次号の新しい試練とやらがさらに2人の距離を縮めてくれるといいなぁ〜w
先日の読み切りの押し倒し未遂(笑)はその伏線、であることを祈ってます(^◇^;)

2018/05/27 (Sun) 23:37 | EDIT | REPLY |   
なみたろう  
相変わらず

サイコーですよえりりん( ;∀;)

どんどん不安になる薪にゃんが乙女で乙女で。鳩にヤキモチ(笑)

お体いかがですか?
そんなんでまたお仕事も頑張っちゃって…(;ω;)無理しないでくださいよ?
でも薪にゃん読んで私も元気になりました。
自分が大変なのに癒しを分け与えてくれるとは、なんと慈愛に溢れた方なんだ!
ありがとうございました。

アジサシって可愛いですよね( *´艸`)

2018/05/27 (Sun) 23:11 | EDIT | REPLY |   
千尋  
構われたい薪にゃん!

青木くんの不可解な行動の意味が分かった瞬間が、とても面白かったです(笑)
薪にゃんと同じ視点で見ているので、全然気づけなかったです!

いつ青木くんに飽きられるか、と不安になってる薪にゃんが切ない…… でも、僕の可愛さを利用してやる、と思えるようになった、青木くんの良い影響が😊

薪にゃんも青木くんもお互いを求めているっていうのが良いですね~💕 いつまでも飽きずに、イチャイチャし続けて欲しいです!

2018/05/26 (Sat) 19:53 | EDIT | REPLY |   
eriemama  
Re: お!久しぶりのSSですね。

ふわふわさん、こんばんは。

> 新しいことを覚えるのって、心身共にパワーがいるので大変ですよね。

そうですね…特に最近の仕事は、かなり上の管理職の人と一緒、っていう作業が結構多くて
やたら気を遣うんですよ(^^;;わかりませんとか、凡ミスとか絶対許されない雰囲気(笑)

> でも慣れちゃえばこっちのもんなんで、頑張って下さい!

ですね、ありがとうございますw
まぁ慣れればこんなんルーティーンだから、って言い聞かせて頑張ってます。
夏にはきっとだいぶ楽になっているはず。

> 先日おっしゃっていた貧血はその後いかがですか?

あ、それ(^^;;
うーん…実はそれがらみが結構悩みのタネになってきているんですが、最近は点滴に切り替えて通院しつつ、
ちょっと別の科にも2つほどお世話になりに行ってます;;何が一番の原因かまだはっきりしなくて。

ほんまに健康っていいな、って毎日感じてます。そんなに深刻でもないけど、楽観的でもいられない…複雑です(~_~;)

> eriemamaさんも、薪さんに癒やされているんですね。

ハイもちろん!(笑)薪さんと、次女のダンス見るのが最近の癒しツートップです。
あ、今日は階段上り下りのネタに「ええー!?」と驚きつつも笑わせて頂いて、ほっこりしました(笑)
お元気そうで何よりです。職場環境良さそうで羨ましいです(笑)

> 今日はeriemamaさんのSSプリントアウトしたので(←意地でも読みたい)

↑戦慄Σ(゚д゚lll)
いや、そこまでして読んでくださるのありがたいんですが、ほんま紙もったいなかったわ、ってなったら
すみません( ̄▽ ̄;)
あと、くれぐれもその辺にそれ、置き忘れたりなさいませんように…(笑)読んだらすぐシュレッダーか
丸めてゴミ箱へポイッ!でお願いします(笑)

> ちょっと頑張ってみます。

長くてごめんなさい…中身ないのに;;
これもふわふわさんの癒しの1つになれば幸いです。

2018/05/26 (Sat) 01:05 | EDIT | REPLY |   
ふわふわです。  
お!久しぶりのSSですね。

新しいことを覚えるのって、心身共にパワーがいるので大変ですよね。
でも慣れちゃえばこっちのもんなんで、頑張って下さい!
先日おっしゃっていた貧血はその後いかがですか?
いや〜、本当に健康第一ですよね。

eriemamaさんも、薪さんに癒やされているんですね。
わたしも、くさくさした時は、色んなブロガーさんのお宅に伺って
色んな薪さんを拝見すると、心が結構癒やされています。(仕事中なのにね♡)
あー、薪さん偉大!

ご存知の通り、わたし文字苦手族ですが
今日はeriemamaさんのSSプリントアウトしたので(←意地でも読みたい)
ちょっと頑張ってみます。
eriemamaさんのお宅の薪さんに会うぞ!



あ、あと先日はご来訪ありがとうございました。(^_^)

2018/05/25 (Fri) 19:05 | EDIT | REPLY |   

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